国立能楽堂 明之会 大原御幸と融(とおる)

国立能楽堂にて加藤眞悟先生主催の「明の会」が5月5日にありました
始まる前に表きよしさんによる解説がありました
この解説が流暢でわかりやすい解説なんです
この解説を聞くだけで納得して帰ってしまう人がいらっしゃらないかと心配をする程(笑)

一番前の正面の席で鑑賞できました
少し緊張するほどの至近距離、でもとても楽しめました
演目は
能 「大原御幸」加藤眞悟 
狂言「樋の酒」野村万作   
半能「融 十三段之舞」加藤眞悟

大原御幸(おはらごこう)は京都大原にある寂光院(天台宗)が舞台で建礼門院が主役(シテ)です
1186年の春 平家が源氏に敗れたのを見て 安徳天皇と二位の尼(にいのあま)が入水します
それを追ってすぐに建礼門院も入水するのですが、一人助かってしまいます
平清盛の妻である二位の尼が建礼門院の娘である安徳天皇を抱いて入水をしたといいます
その年の9月に建礼門院は寂光院に入ったとの事です
そこに、しゅうとであった後白河天皇が訪ねて来る、建礼門院は恥ずかしながら隠れるところもなく面会し胸の内を語り
それを憐れむ後白河天皇のお話です

大原から薪や芝、炭などを頭に乗せて京の街を歩く行商の女の人を大原女(おはらめ)とよびますが
建礼門院に薪や花などを売っていた阿波内侍が起源だと言われています<img style="margin-left: 3px; margin-right: 3px; vertical-align: middle;" src="https://kumiann.com/lib/wp-content/plugins/typepad-emoji-for-tinymce/icons/10/sign01 propranolol pills online.gif” alt=”” width=”16″ height=”16″ />
昭和30年代には姿を消したそうですが今はこの格好をして練り歩くお祭りがあるようですね

「融」は都に上がった東の僧が六条河原院まで来たところ、田子を持った老人に出会い
この辺りが源融(みなもとのとおる)が住んでいたところだと語り、姿を消します
その後、在りし日の融の姿で亡霊が現れ月光に照らされながら舞を舞うお話です
源融は、源氏物語の光源氏のモデルの一人です
その能面を丁度作っているので、間近で見る能面も勉強になりました

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